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パソコン用ハードディスク大容量化の歴史 [ハードディスク]

今日のネタはパソコン用ハードディスク大容量化の歴史について。

このネタを書くためにあいまいな記憶を具体的にするための情報集めや言葉では伝えにくい事を表現するための模式図を書くのに時間が・・・で、やっと完成したので投稿。素人の素人による素人のための、いわゆる子供向け絵本的な解説なので、細かい部分で間違いなどがあった場合は軽く流して欲しい。


HDDの歴史といえば、1956年にIBMが世界で初めて開発した「RAMAC」が始まりだ。
直径24インチ(約61cm)のディスク50枚で容量5MBだが、当時は紙テープやパンチカード、或いは磁気テープか磁気ドラムといったシーケンシャルアクセスしか出来ない記録デバイスしかなかったので、ランダムアクセスが可能なハードディスクの登場は画期的だった。
※シーケンシャルアクセスは先頭から順番でしかデータを読み書き出来ない。音楽用テープやビデオテープと同じで、必要なデータの存在する場所にたどり着くまで時間がかかる。ランダムアクセスは一瞬で必要なデータがある場所を読み書き出来る。


それから28年後。
私の知る限り最も古い、そして生涯初めてハードディスクというデバイスを知ったのが、1984年10月に登場した「NEC PC-9801F3(定価\758,000)」に標準搭載されたHDD。SASIインターフェイスでたったの「10MB」しか記録できないハードディスクであった。
以後、数十MBクラスのハードディスクが様々なPCに標準搭載され、また外付けの拡張HDDの販売も始まっていく。

この頃のHDDといえば、容量からもわかる通り記録密度は低く、読み書きヘッドもオーディオ用テープ装置の録音再生ヘッドと同じフェライトにコイルを巻いた構造のリング型ヘッド。磁性体への磁化方向はその後の技術革新まで続く、水平方向の磁化による記録。
このようなシロモノなので初期のハードディスクは信頼性が低くかったが、それでも当時のパソコン用主力記録媒体だったカセットテープやフロッピーディスクよりはるかに速く、大量のデータを処理する用途では貴重なデバイスであった。

Head1.png
原始的な読み書き用磁気ヘッドを持つ初期のハードディスク


このように容量が少なく信頼性も低いハードディスクに転機が訪れたのは、ヤマハがハードディスク用薄膜磁気ヘッドを開発してからだ。※薄膜磁気ヘッドは同時期にIBMも開発している。
ヤマハの薄膜磁気ヘッドはオーディオ用に開発された技術を元にしており、リング型ヘッドよりも小型で高密度な記録が可能。磁力発生の立ち上がりも鋭く(以下資料なく私の勝手な理解と解釈)デジタル信号を高速に記録するのに向いているので、信頼性も格段に向上した。(信頼性が向上したのは事実。)

薄膜ヘッド登場後は容量も100MBを超え、記録密度はどんどん上がっていった。
そして記録密度の上昇によって小さくなった磁石の、弱い磁気信号を読み取るために読取りヘッドが分離される。いわゆる「MRヘッド」というものだ。

MRヘッドはそれまでのコイルに磁界が作用すると電流が流れるという現象(≒発電機)を利用したものではなく、磁界が変化すると電気抵抗値が変化する性質を持つ「MR素子」を利用した読取りヘッド。
この画期的な読取りヘッドのおかげで、当時記録密度を上げるとデータを記録した磁石が小さくなりすぎてデータを読み出せなくなるという、大きな壁を乗り越える事が可能になった。

MRヘッドの量産は1991年からという事なので、私が所有する最も古く、かつ現在でも読み書きできる240MBのハードディスク(ALPS DR312C911AとTEAC SD-3240、共に240MB、購入時期1993年)には採用されていると思われる。

Head2.png
薄膜ヘッドとMRヘッドを採用したハードディスクはそれまで不可能だった高密度記録を可能にした


次に登場したのがGMRヘッド。
記録ヘッドは変わらず薄膜磁気ヘッドだが、記録密度が上がるにつれ弱まる磁力をMRヘッドでは読み取れなくなるために開発された。1998年に登場。
このGMRヘッドのおかげでそれまで当時8GB程度が最高だった3.5inchハードディスクの最大容量が一気に10GBを超え、その後も記録容量を増やしていく。


GMRヘッドの登場から数年後、2001年になるとAFCメディアが実用化される。
これは記録密度の上昇で磁性体の保磁力が不安定になり、一般の使用条件下でも数年内に記録した情報が消えてしまう現象に対抗する技術で、垂直磁気記録が登場するまでの数年間使われた。
AFC_media.png

AFCメディアは記録ヘッドにより磁化される上部磁性層の下に厚さ原子3個分のルテニウム層と、さらにその下に下部磁性層を持つ。この構造でルテニウム層の働きにより、上部磁性層の磁力の影響で下部磁性層には反転した磁化が起きる。この下部磁性層の磁力によって上部磁性層の磁力が相互補完され、同時に磁性層の体積も大きくなるので、磁化方向が維持される仕組みだ。

米IBM、HDDの記憶密度4倍にできる磁気コーティング技術を実用化
http://ascii.jp/elem/000/000/323/323299/


2004年になると垂直磁気記録方式のハードディスクが登場する。
水平方向に磁化させるにはこれ以上記録密度を上げると磁石が小さくなりすぎて、熱で磁力を失ったり自然に磁化が反転したりという現象が生じる。この問題を克服するために必要なのが垂直磁気記録方式だ。

東芝、容量80GBの1.8インチHDDを開発~垂直磁気記録初の製品化
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1214/toshiba.htm

垂直磁気記録は、従来プラッタに対し水平方向に磁化していたものを垂直方向に磁化する。これによりプラッタの磁性膜は記録層の下に軟磁性層というものを持つようになった。
そして垂直方向に伸びた磁石は記録密度を上げても水平方向の時と比べ磁石が大きく、磁力保持力が高い。これで当面は記録密度の向上があっても問題が出ない事になる。

なお、垂直磁気記録の書き込みの場合下図のように磁束密度を変えて書き込む部分以外は磁力の影響が出ないようにしている。

Head3.png
GMRヘッドと垂直磁気記録の組み合わせはハードディスクの記録容量増加を一気に進めた


そして2007年には現在も使われるTMRヘッドが登場。
TMRヘッドはこれまで磁力で抵抗値が変化する事で信号を読み取っていたGMRヘッドと違い、磁力の影響でトンネル効果という物理現象が発生する素子を利用して信号を読み取るヘッド。トンネル効果は普通なら電気が流れない絶縁膜を電子がすりぬけて電気が流れてしまう現象で、USBメモリーやスマートフォンにも記憶素子として入っている、NAND Flashメモリーもこのトンネル効果を利用してデータの読み書きをしているという身近な物理現象だ。

GMRヘッドでも読み取る事が難しくなった小さな磁石からの微弱な磁力を、GMRヘッドよりも大きな信号として取り出せるTMRヘッドは、現在最大10TBにも及ぶ超大容量ハードディスクになくてはならない存在である。
これなくしてテラバイトクラスのハードディスクはありえなかったといっても過言ではない。

だがいつかまた、限界がくるのだろうが・・・


次は現在商品化されている最も新しい技術のSMR(Shingled Magnetic Recording)。
これは先日このブログで記事にしたので詳しい説明は省略するが、要するに瓦のようにスラしながら上から重ね書きしていく事で記憶容量を増やそうという技術である。

これは書き込みヘッドの小型化が限界である場合に使われる技術と思われ、書き込みヘッドが今以上に小さくなっても書き込みに必要な強さの磁力が出せるようになれば廃れる可能性がある。だが今現在最高容量であるSeagateの8TBとHGSTの10TBの容量を持つハードディスクはSMRを採用し、現時点での記録密度の限界を超える手段としている。

10/1追記
SMRについての詳細はこちら
https://17inch.blog.so-net.ne.jp/2015-10-01


もう一つ、現在実用化されている最新技術を紹介。
それはHGSTのみが持つ“HelioSeal”と呼ばれる、ハードディスク内にヘリウムガスを封入する事でプラッタ枚数を増やす技術。
2015年現在、プラッタ1枚当りの容量は1.2TB前後で頭打ちになっている。理由は記録密度を増やすために書込みヘッドを小さく、或いは書込みする領域を小さく絞らなければならない。すると書込みに必要な磁力が得られにくいのだ。また、書込みがなんとかなっても今度は磁石が小さくなりすぎて磁力保持が難しくなる。
そこで記録密度が上がらないのなら、プラッタ枚数を増してハードディスク1台当りの記録容量を増やそうというわけだ。

最初に採用されたモデルは2013年11月に出荷が開始された6TBモデル「Ultrastar He6」
従来5枚が上限だった3.5inchハードディスクのプラッタ枚数を7枚にまで上げている。プラッタ枚数が増えると空気抵抗が増えるので、消費電力増大やヘッドの動きに支障が出るなどの問題が起きる。そこでハードディスク内の空気を、密度の低いヘリウムガスに変える事で問題をクリアした。

ヘリウムガス充填による空気抵抗低減は効果が大きく、2015年12月に発表された10TBモデルの「Ultrastar He10」に至ってはプラッタ7枚、スピンドル回転数が7200rpmにも関わらずSATAモデルの消費電力が動作中で6.8W、アイドルで5Wと低い。
また、密閉する事で環境耐性が上がり信頼性や寿命延長にもつながっている。これはメーカー保証が5年という長い設定になっている事からも裏付けられている。さらに水没しても問題ないので不導体の冷媒による液冷も可能となり、数百台のハードディスクでディスクアレイを組むときの熱対策も容易になるという副産物も生んでいる。


というわけで、ここからは未来の技術。

最初は最も近い未来(2016年中)に商品化が予定されている熱アシスト記録(Thermally Assisted Magnetic Recording、略してTAMR)。

これは現在の磁石の材料では垂直磁気記録でも、これ以上磁力が消えたり磁化反転を防げないほど微細化を進めないと高密度記録化を進める事が出来ないため、ついに禁断の超強力磁性材料を使わざるを得なくなったための技術である。

強い永久磁石を弱い電磁石で自由に磁力の向きを変える。普通ならば絶対に無理な相談だが、磁石を200℃~300℃くらいまで熱するとこれが可能になる。今までは弱い磁石でハードディスク自身が持つ熱(精々100℃以下)により磁力が消えないようがんばって来たが、この現象を逆手に利用して強力な磁石を200℃以上に熱して無理やり言う事聞かせる、そんな暴力的な技術だ。

ちなみに200~300℃なんて温度まで熱してハードディスクが壊れたりしないのか?と、普通は思うかもしれない。しかし安心して欲しい。温度が上がるのは記録する場所一点のみ。大きさで言えば1mmの数十万分の1くらいなので、仮に自分の手にTAMRで使われるレーザーの光を当てたところで、レーザーが当っている事にすら気付かないだろう。実際ゴマ粒程度の大きさしかないハードディスクの読み書きヘッドに搭載できるレーザーの出力などたかが知れているのだ。

TAMR.png


次はパターンドメディア。
これ自体は以前から実験的に作られていて、現在もその研究が続いている。

次世代ハードディスク向けパターンドメディアの記録・再生に成功
http://pr.fujitsu.com/jp/news/2007/08/9-1.html

パターンドメディアのメリットは、従来のプラッタは細かく砕いた磁石の材料を“糊”と混ぜてプラッタの円盤に塗っていたので粒子が不揃いで、磁石の境界が不規則かつ接触していた。このため磁力の出方が安定せず、かつ隣同士の磁石の影響を受けて読取りの時にノイズが出るなど悪影響を与えていた。

これに対しパターンドメディアはこれらの悪影響が全て取り払われる。
磁石一個一個は独立し、周囲に適度なスキマがあるために隣同士で影響を与えにくい。磁力は安定し、かつ信号を読み出す時も隣の磁石からの影響が少ないのでノイズが少ない信号が得られる。

Media.png

今後はパターンドメディアでなければこれ以上の高密度記録が不可能になるので、登場が待ち遠しい。


最後は多層記録。
これは1枚のディスクに何層も情報を書き込む方法。

東芝、HDDの多層記録技術の実証実験に成功
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/20150707_710488.html

なんでも書き込みには磁気共鳴とかいう現象を使うらしい。
共鳴の周波数は磁石の材料によって違うので、層ごとに違う材料で磁石を作るのだろう。

だが、今の所読み出す手段はないらしい?
磁力には色がついているわけでもないので、重ねた磁石の板の中からどうやって下の層に書き込まれた磁気を読み取るのだろう。私の頭ではまったく想像できない。


以上、パソコン用ハードディスクの黎明期の1980年代から現在、そして未来まで、記録密度向上の歴史をハードウエアの技術的視点から簡単に書いてみた。
ハードディスクは過去から現在まで、外から見ただけでは何故同じ大きさの箱なのにこれほど記録容量が変化したのか理解出来ないと思う。ただ漠然と記録密度が上がったから、程度の認識しか無かった人は、これだけの記録容量の変化(10MBから10TB、実に100万倍!!)の中でどのような技術的変化があったのか見るのも面白いのではないだろうか。



・2015/12/03追記、AFCメディアとHelioSealに関する記述を追加。



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